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盲ろうの門川さんと盲導犬の挑戦(下)

お好み書き読者で、この春、盲導犬使用者(ユーザー)になった視聴覚二重障害者福祉センターすまいる(大阪市天王寺区)の理事長、門川紳一郎さん (51)は、40代になったころから白杖で自由に歩くことが難しくなっていた。 「元のように自由に歩きたい」という思いを日増しに強めた門川さんは、盲導 犬を使用する同じ全盲ろうの友人を米国から招いて講演会を開いたり、自らも 盲導犬との体験歩行をしたりしてチャレンジの準備を重ねてきた。そして、よ うやく3年越しでこの2月、公益財団法人日本盲導犬協会神奈川訓練センター (横浜市港北区)で盲導犬取得のための共同訓練が始まった。前回に引き続 き、門川さんからいただいた手記を掲載する。(編集部、写真は門田耕作撮影)


北海道一人旅も夢ではない 門川 紳一郎

まず、日本盲導犬協会(日盲)の盲導犬訓練理念について紹介したい。日盲では、犬を服従させるのではなく、犬が考えて行動できるように教育することを理念としている。服従と教育の違いは、服従とは人がさせたいことを一方的に犬に求めることで、教育とは文字どおり教えて育むことであり、人が求めていることやさせたいことを犬が理解して自ら行動できるようにすることだ。

このような訓練の理念に触れた私は、これは私の犬への接し方の考え方にも近いため、日盲を訓練センターに選んでよかったと思った。

さて、盲導犬ができることにはどんなことがあるのだろうか。犬は信号などの判断はできない。また、犬はロボットではないから自動的に目的地へ案内してくれない。犬にできることは、道の角を見つけること、階段などの段差を見つけること、障害物を回避すること、目的物を見つけ誘導することなどである。


犬は補助、管理は自分で

盲導犬ユーザーは、自己責任において犬を管理、コントロールしながら、自分の頭の中に描かれた地図に従って歩行をする。犬はあくまでも歩行の補助具の一つにすぎない。   私の担当訓練士が決まったのは2015年の4月だった。以後、担当者とはメールで打ち合わせをつづけ、同年10月からメールでの講義が始まった。

講義の内容は、盲導犬歩行の原則から犬学基礎理論(犬の学習や訓練)、その他盲導犬歩行に関連することや犬の健康管理、補助犬法などの法律について、盲導犬の一般的な知識等だった。

担当者が講義資料をメールで送ってくれ、それを読んで疑問や質問などをメールで返す。内容を理解するまで繰り返しやりとりをしたこともあった。


1カ月の共同生活・訓練

そうして迎えた訓練初日の2月8日。私は一人で新大阪から新幹線に乗り込み、待ち合わせ場所の新横浜へ向かった。

新横浜に降りると、そこには1カ月以上の長期にわたる訓練期間中の指点字通訳を心よく引き受けてくれた東京の通訳者と、訓練士の田中真司さんが迎えに来てくれていた。共同訓練を終了するために必要な最低訓練日数は20日だそうだ。この期間中に犬との共同生活を行っていきながら、使用者と犬との信頼関係、きずなをつくりあげていかなければならない。そして、使用者と犬の関係がうまくいって、使用者にとっても犬にとっても問題がないと訓練センター側が判断した時に、訓練を卒業することが認められる。もちろん、双方がうまくいかなかった場合もあるようだ。

さて、訓練は毎日ストレッチ運動からはじまった。午前は2時間30分程度、午後は2時間から3時間。歩行訓練を行った後フィードバックをすることで訓練の内容を振り返ったり反省したり、アドバイスを受けたりする。

コミュニケーションの方法は、訓練中は田中さんが直接手書きで伝え、私からの発信は発話だった。もちろん、訓練中に具体的な指導の説明を受ける時には指点字での通訳を利用したが、通訳者が間に入ると犬が混乱する場合もあるため、できるだけ訓練士と直接やりとりする方法をとるようにし、訓練後のフィードバックでは指点字通訳を介して訓練士とのやりとりを行うという方法だった。

ところで、訓練期間中はその日の訓練内容についての感想などのレポートの提出が求められた。このレポートから訓練初日の感想を紹介してみたい。


訓練1日目(2月8日)の報告

15時からオリエンテーション、毎日の基本的な日程を確認(7時30分朝食、9時30分から12時午前の訓練、14時から17時午後の訓練、19時夕食)。

共同訓練で目指すこと、目標について訓練士との間で共有を図った。

門川が共同訓練で目標としたいことは、とにかく楽しく、風を切って自由に歩けるようになること。まだ見えていてスイスイ歩いていたころのように歩きたいという思いを実現できるよう、今日から盲導犬との共同訓練に向けての本 格的な準備に入ったと考えています。

その思いの原点は私自身の過去の経験にあると思います。元々、弱いながらも視力、視野があり、歩くのは大好きで、一人でいろんなところを歩いたものです。大阪市内なら隅から隅まで歩き回っていたと言ってもよいでしょう。また、家のすぐ裏には淀川の土手があり、時々ジョギングなどを楽しんでいたものです。30代から徐々に視野・視力が落ち始め、歩くことが難しくなりました。特に2010年に普段よく利用していたJR大阪駅とその周辺ががらりと変わってしまい、それまでのように歩くことができなくなってしまいました。その結果、私の行動範囲も狭くなっていく一方でした。そうなると、ストレスがたまってい きます。歩くことでストレスを発散させることができていたこともあるので、歩きたい!という思いは強いです。

犬も生き物ですから、やはり人間と同様うまくコミュニケーションがとれないこともあるだろうし、それが自然なことと思います。ですが、犬とのより良い関係、きずなをきちんと形成できれば、忠実にお仕事をしてくれるだろうとも思います。とにかく犬との良いパートナーシップを目指してがんばってみたいです。

また、聞こえない私の盲導犬歩行が順調にいけば、私と同じように盲導犬歩行を考えている盲ろう者の一つのモデルになるとよいなあとも考えています。良い模範となれるよう最後まで頑張りたいと思っています。

初日は、16時から約1時間程度、訓練センター内で簡単なハンドルワークを行いながら、指導員からの指示をどのように通訳するかについて確認しました。また、指示サインをいくつか決めました(肯定や否定の合図や、停止、発信など)。そして、最後は訓練センター館内を案内していただきました。

館内を説明するために、段ボールを使って館内の図面を触図化してくれていましたので、1階、2階のおおまかなイメージがすぐにできました。触図の作成にはとても感動しました。心配りをとてもうれしく思いました。

今日感じたことは、移動しながらの訓練中にどうやって通訳を受けるのかを、事前によく検討してくるべきだったかなということです。訓練中は左手でハンドルをもつので、自由になる手は右手です。右手だけで、なるべくリアルタイムに通訳を受けようとすると、手話を左手で表現できる通訳者が良いのですが、今回の通訳者はそれができない人です。右ききの場合は右手をベースに手話を表現します。そして通訳者の右手ベースの手話を読む場合はハンドルを持っている左手で読むことになります。私は左右どちらでも手話は読み取れるので、左ききの手話ができる通訳者を確保すべきだったかなと感じたということです。

今回の通訳者は手話に慣れた人ではなく指点字通訳を主とする人でしたので、手話での通訳は得意ではありません。しかし、指点字がそれなりにできるため、指導員や他の職員さんとのコミュニケーションはそれなりにできているかなと思います。

訓練中は手話で、指導員のレクチャーを聞いたり周囲とコミュニケーションをとったりするときは指点字というように、コミュニケーションや通訳方法の使い分けもありかなと思いましたが、これはまた次に訓練を受けることがあれば、その時に是非実践してみたいと思います。今回の訓練期間中のコミュニケーションの方法は指点字が主なので、移動訓練中の通訳をどのようにして受けるか、指導員からの指示をどのようにして理解するかが、明日からの課題となるでしょうか。


飛んできたパートナー

私がパートナーとなるベイスと最初にであったのは、訓練2日目の朝のこと だった。ベイスは2014年4月5日に静岡県の富士宮で生まれ、富士河口湖 にお住まいのパピーウォーカーさんのところで生後2カ月から1歳になるまで 過ごした。1歳になったベイスは神奈川訓練センターで訓練を続け、数々のテ ストをクリア、訓練犬として私に紹介された。

ベイスという名前はパピーウォーカーさんが名付けたもので、ユーザーの基 礎となってほしいという願いを込めたと聞く。

イエローのラブラドールレトリーバーのオスで、体重27キロ。人間が大好き で、トンネルくぐりをよくやる。ときには、突然きつねおどりを披露してみせ てくれることがあり、たまたま見ていた人たちを驚かせたこともある。

ベイスと初めて出会った時、犬を呼ぶという訓練をやった時のこと。ベイス に向かって、「カム!」と発声したその瞬間、その物体はものすごい勢いで風 のように私のところへ飛んできたのだ。これには度肝をぬかれる思いで、同時 に感動的だったことを、今も鮮明に思い出す。


身ぶり・雰囲気も的確に

私の発声がこれほどにまで明確に犬に伝わったということの驚きと、犬とコミュニケーションがとれるんだという喜びが入り混じったようなうれしい気持ちだった。その後の訓練でのベイスへの声かけも、予想に反してとてもスムーズに伝わっている。

ベイスは私の声だけで判断はしていないようだ。身ぶりや雰囲気も的確に読み取っている。新横浜駅近くなどでの訓練中、私はよく左右をまちがえて発声していたことがある。右へまがる時に手では右をさしているのに、声ではレフト・ゴー!などと言っていた。ベイスは手の指示にしたがって、右方向に進んでくれた。


中華街や山下公園歩く

神奈川訓練センターでの訓練は最低4週間行われる。犬との共同生活に慣れることも重要な訓練のメニューだ。排泄や給仕から毎日のブラシ、抜け毛の掃除など、これからのパートナーとの生活リズムをつかんでいく必要がある。加えて、歩行の面ではお互いの歩きや速度に慣れること、犬への声掛けなどがあるが、特に私の場合は白杖を併用しての歩行の訓練も徹底的に行われた。

訓練15日目となった2月26日には横浜の中華街へ出かけた。この日の日誌を引用してみたい。


今日は中華街の人ごみの中を歩いた後、山下公園をぬけてみなとみらい駅へ向かって歩きました。

杖の持ち方を今までとは変えて、杖を立てるように持って歩いてみました。この持ち方でもけっこう歩けたと思います。ベイスが立ちどまった時、杖で足元を探るタイミングがまだ少しずれることがありますが、今日の杖の持ち方での歩行練習を続けてみようと思います。ただ、杖が長いのと少し重いため、右腕が疲れるので、短くて軽い杖も試してみたいと思います。

盲導犬歩行では杖をもたず、杖の代わりに右足で段差などを確認すると思いますが、私の場合は片足立ちさえできないので、右足を出そうとするとバランスを大きく崩しかねないと思っています。まあ、これも訓練次第である程度バランスを保った状態で右足での探索ができるようにはなるのでしょうが。当面は右足の代わりに杖を使えればと思います。


通行人追い越しスイスイ

3月9日(水)、私は1週間の大阪での現地訓練を含めて26日間の訓練を終了し、日本盲導犬協会を卒業することができた。念願だった、盲導犬ユーザーとしての第一歩を踏み出すことになったのだが、期待と不安をかかえてのスタートだった。

ベイスを利用して以前のように歩けるようになるだろうという期待と、ベイスの歩行の状態を崩してしまわないか、病気になってしまわないかといった不安だ。不安はあるけれど、そこはベイスを大切に、上手に付き合っていくことだろうと思う。

晴れてユーザーになった私は帰阪後さっそく、ベイスと出かけた。行き先は視聴覚二重障害者福祉センターすまいる。普段はバスと地下鉄を乗り継いで鶴橋駅へむかう。幸か不幸か、この日は乗るはずのバスに乗り遅れてしまい、ベイスと最寄り駅まで30分かけて歩くことにした。駅まで歩いたのは何年ぶりになるだろうか、ずいぶん久しぶりだった。歩行中、不思議と電柱や車止めなどの障害物には一度も接触しない。それどころか、通行人を何人も追い越して、すいすい前へ進む。それはまるで忍者のようだった。さらにうれしかったことは、鶴橋駅から目的の場所まで行ったとき、私が普段苦労していた建物入り口を探すこともベイスのお仕事となり、私は何の苦労もなくすっと目的地にたどり着くことができるようになったことだった。


ベイスのパピー訪ねたい

ベイスとの歩行が始まった。これからは、どんどん歩いてみようと思う。広い北海道を一人旅することも夢ではなくなった。これからが楽しみでもある。まずは、富士河口湖に行ってみようと思う。そして、パピーウォーカーさんを訪ね、ベイスの元気な姿を見せたい。

もし私のように盲導犬を使って歩行してみたいと考える盲ろう者がいるな ら、彼らにはまず白杖での単独歩行の経験を積んでおくことをお勧めする。犬は誘導をしてくれない。盲ろう者が犬を動かす必要があるからだ。

最後に、私の盲導犬歩行に理解を示し、共同訓練に受け入れてくれた、日本盲導犬協会には感謝している。私が全盲ろうであることを知ると門前払いする施設が多い中で、日盲だけは違った。最後まで希望を聞いてくれた。この恩は忘れることはないだろう。今後、日盲のように、まずとにかく話を聞いてみようというような対応をしてくれる施設が増えてほしいと願う。